華僑
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海外华人/海外華人
海外中国人/海外中國人 |
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総人口 | |
5000万人
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(2018年推計) 分布図。凡例はファイルの説明ページ参照。 |
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居住地域 | |
タイ | 8,000,000 [5] |
マレーシア | 6,712,200 [6] |
アメリカ | 5,143,982 [7] |
インドネシア | 2,832,510 [8] |
シンガポール | 2,571,000 [9] |
カナダ | 1,769,195 [10] |
フィリピン | 1,350,000 [11] |
ミャンマー | 1,220,000 [12] |
オーストラリア | 1,213,903 [13] |
韓国 | 1,070,566 [14] |
日本 | 813,675 [15] |
ベトナム | 749,466 [16] |
フランス | 600,000 [17] |
イギリス | 433,150 [18] |
ロシア | 400,000–550,000 [19] |
ベネズエラ | 400,000 [20] |
ペルー | 382,979 [21] |
南アフリカ | 300,000–400,000 [22] |
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320,794 |
カザフスタン | 300,000 |
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250,000 |
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231,387 [23] |
スペイン | 215,970 |
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212,000 |
アルゼンチン | 200,000 |
ラオス | 190,000 [24] |
インド |
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アラブ首長国連邦 | 180,000 [26] |
パナマ | 135,000 [27] |
マダガスカル | 70,000–100,000 |
言語 | |
主に中国語(北京語「簡体字」・広東語「
繁体字」・客家語)などの諸方言 英語、 ベトナム語、タイ語、マレー語、 |
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宗教 | |
主に仏教、道教、儒教
その他の宗教(多数のキリスト教、少数の |
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関連する民族 | |
漢民族、客家人、中国人 |
華僑
(かきょう) とは、かつて中国に生まれて後に外国に
※国際連合の定義の中国とは、中国本土を実質支配する政府であることを指す。すなわち、初期は中華民国(1949年まで)、現在は中華人民共和国(1949年以降)と認めている。
定義 [ 編集 ]
中華人民共和国の中国共産党政府からの解釈では、「
中国大陸本土・台湾・香港・マカオ以外の国家・地域に移住しながらも、中国の
※現在では、お互いのパスポートでそのまま入国することはできず、改めて入国専用の身分証を作る必要がある。
華僑と華人 [ 編集 ]
華人 と混同される場合があるが、それぞれに異なる概念である。華僑とは台湾、中国、東南アジアの中国移住者が海外に長期滞在の者であり [30] 、華人とは他国に帰化した者を指す [31] 。また、ハングリー精神を持つ華僑は、商売経営に成功した者が多く、 第二次世界大戦までその経済基盤からの本国への送金によって、中華民国の国際収支の重要な要素となっている。その華僑・華人の子孫は「華裔」と呼ばれる。
コミュニティの形成と現地社会への進出 [ 編集 ]
華僑はマイノリティながら、同郷者で形成されるコミュニティーと、これをもとにした同業者の集団ができあがり、現地の経済・政治に大きな影響力を持つことが多い。同業者の集団ができあがるのは、先行して商売を始めた経営者が、同郷の人を雇い、やがては独立して同業を行うことが繰り返されやすいことによる。経済的に実力をつけると政治面でも力をもつようになり、政治面での例として
タイの王室・タクシン元首相及びその妹のインラック元首相、リー・クアンユー元
華僑は容易に相手を信頼しないかわり、一旦信頼したらとことん信頼するといわれ、それが彼らの団結力の背景にもなっている。彼らは友人を大切にする [32] 。
言語 [ 編集 ]
広義的に、数千年の歴史と文字がある 中国語は公式言語だが、日本と同じく地域によってそれぞれの方言がカジノ 背景 フリー イラストしている。例えば、
広東人 |
広東省
広州周辺出身で |
福建人/閩南人 | 福建省南部の泉州、廈門、漳州周辺や台湾出身で福建語(閩南語)を話す |
潮州人 | 潮州や汕頭周辺の出身で 潮州語を話す |
客家人 | 広東省東部の梅州、陸豊、海豊、福建省西部周辺や台湾出身で客家語を話す |
海南人 | 現海南省出身 |
台山人/四邑人 | 台山や江門出身で台山語を話す |
福州人 | 福州、福清周辺出身で福州語を話す |
興化人 | 莆田周辺出身で興化語を話す |
寧波人 | 浙江省 寧波周辺出身で寧波語を話す |
温州人 | 温州周辺出身で温州語を話す |
などが別々に同郷人のコミュニティーを形成してきた。出身地の方言の他、海外居住地域の言語を用いるのが普通であるが、近年には北京語や英語も広く用いられるようになっている。
日本の華僑 [ 編集 ]
歴史 [ 編集 ]
華僑の概念をひろくとれば、歴史的に多くの華僑が日本にもわたってきている。元寇で捕虜となったが、日本側から許された南宋人らは博多の唐人町などに居住した。また、明・清における海禁のもとで密貿易を行い財をなした後期倭寇の中国人も華僑の多くと同様に浙江・福建・広東出身者が多く(後期倭寇は華僑の走りとも解釈できる)、中には王直のように日本に渡ってくるものもいた。
江戸時代の鎖国政策により、長崎には中国人住居地区である唐人屋敷が作られた。1635年、江戸幕府は中国商船の入港を長崎一港に制限する措置を取ったが、中国人は長崎市内雑居を許されていた。しかし、密貿易が増加したため、長崎奉行所では中国人の居住地区も制限することになり、 1688年長崎郊外にある十善寺郷に幕府が所有する御薬園の土地で唐人屋敷の建設に着手し、翌年完成した。広さは約9,400坪に及び、2,000人程度の収容能力をもった。周囲は塀と堀で囲まれ、大門の脇には番所が設けられ、出入りが監視されたが、出島のオランダ人が厳重に監視されたのに比べ、中国人は比較的自由に出入りが許された。
以下の関連記事も参照。
第二次世界大戦直前の時期においても日本には相当数の華僑が在住していた。1941年(昭和16年)5月19日に長崎市で開催された全日本華僑総会常年大会では「在日華僑十万」という表現が用いられていた [33] 。
現在 [ 編集 ]
現在、日本においても多くの華僑がカジノ 背景 フリー イラストし、主に経済や文化
芸能の方面で活躍が見られる。女優の鳳蘭、野球の
日本の外国人政策や中国の政治事情の変化から、日本に移住する中国人は、1970年代後半から急増し、20年で4倍以上に増えた。 以前から日本に長らく在住する中国人やその子孫を老華僑、改革開放以後に日本に移住した中国人を新華僑とも呼ぶ。
東南アジアの華僑 [ 編集 ]
歴史 [ 編集 ]
中国明代には、海禁策を発布し民衆による事実上の海上利用制限政策をとったが、大航海時代到来によりヨーロッパ諸国への植民地からのヘイトを緩和するために、華僑に特権を与えて植民地の管理をまかされ、アジア地域の変動や明代末の混乱等から、明の移民船と記録に残るほど東南アジア各地への移民が全盛を極めたとされる。
乾隆5年( 1740年)10月、中華人移民に友好政策をとっていたオランダ統治下のジャワ(現インドネシア)において、明末混乱期から続々と流入し増加した華僑と現地住民及び政府との摩擦が発生、華僑による暴動が発生し、動乱鎮圧のための華僑虐殺などが発生、友好政策下のオランダ総督府との間に遺恨を残すなどの象徴的な事件があった。
明は海外の華僑暴動等を静観したが、清の時代になると「人民にして海外に在るものは、盗に通じ敵に通じる罪、斬首に処す」と通商上の理由から海外華僑にも厳重に刑し、事実上の移民抑圧政策に移行、それによって渡航する華僑の数が減少した。
政情が不安定になった20世紀初頭の清末には海外に逃れる中華人も増加、フランス領インドシナを中心に主に英領インド及び英領マレイ、フィリピンなどの主に
移民先では同郷意識が堅固で一定の地域に集団で居住する場合が多く、福建省から移住した中華人はベトナムの西貢やチョロン地区で農産物加工工場などの経営、広東出身の中華人は同地域で米、材木、石炭、ジャンク製造、獣骨、雌黄など主に農産物の輸出に従事するなど、商業においても出身地域による相互協力を構築していった。
現在 [ 編集 ]
東南アジアにおいても、歴史的経緯から日本の中華街と同様に華僑は華南地方出身が多いとされる。もともとは、海南島(現海南省)を含む広東省や福建省の出身者が多いが、最近は上海や
全般的に東南アジアの華僑人口は増加しているが、ベトナムとインドネシアの二国は戦乱や現地民との軋轢により、華僑が一時に比べ減少している。インドネシアでは1965年の9月30日事件で、特にベトナムからは1975年の中越戦争以降、110万人もの華僑がベトナム国外に脱出した。
マレーシアには華僑系住民が多数いる。
タイにも華僑はカジノ 背景 フリー イラストしている。
関連項目 [ 編集 ]
脚注 [ 編集 ]
- ^ 張明愛 (2012年3月11日). “Reforms urged to attract overseas Chinese”. China.org.cn. 2012年5月28日閲覧。
- ^ “Hu meets overseas Chinese organizations leaders|Politics”. China Daily (2012年4月9日). 2012年5月28日閲覧。
- ^ Wang, Huiyao (2012年5月24日). “”. Asia Pacific. p. 2. 2012年5月28日閲覧。
- ^ http://www.culturaldiplomacy.org/academy/index.php?chinese-diaspora. Chinese Diaspora Across the World
- ^ Thailand at Random, Editions Didier Millet, (2013), p. 19, ISBN 9789814385268
- ^ https://www.dosm.gov.my/v1/index.php?r=column/cthemeByCat&cat=155&bul_id=OVByWjg5YkQ3MWFZRTN5bDJiaEVhZz09&menu_id=L0pheU43NWJwRWVSZklWdzQ4TlhUUT09.html
- ^ https://web.archive.org/web/20201204133538/https://data.census.gov/cedsci/table?q=chinese%20alone%20or%20in%20combination&t=Race%20and%20Ethnicity&tid=ACSDT1Y2018.B02018&hidePreview=true
- ^ Kewarganegaraan, Suku Bangsa, Agama dan Bahasa Sehari-hari Penduduk Indonesia Hasil Sensus Penduduk 2010 . Badan Pusat Statistik. (2011). ISBN 9789790644175
- ^ “”. Singapore Government (2015年9月). 2016年2月16日時点のよりアーカイブ。2016年2月14日閲覧。
- ^ “Census Profile, 2016 Census - Canada [Country] and Canada [Country]” (2017年2月8日). 2020年6月2日閲覧。
- ^ “PRIB: Senate declares Chinese New Year as special working holiday”. Senate.gov.ph (2013年1月21日). 2016年4月14日閲覧。
- ^ 2018年12月22日 - ウェイバックマシン中華民國僑務委員會,2014年
- ^ “2016 Australian Census - Quickstats - Australia”. Australian Bureau of Statistics. 2019年5月2日閲覧。
- ^ “국내 체류 외국인 236만명…전년比 8.6% 증가”, Yonhap News, (28 May 2019) 2020年2月1日閲覧。
-
^ https://web.archive.org/web/20200417121111/http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00003.html - ^
- ^ Ousselin, Edward, ed (2018). La France: histoire, société, culture. Toronto: Canadian Scholars. pp. 229. ISBN 9781773380643
- ^
- ^ https://carnegiemoscow.org/2017/07/14/why-forecasts-of-chinese-takeover-of-russian-far-east-are-just-dramatic-myth-pub-71550
- ^ 24 February 2014 at the Wayback Machine.
- ^ “South America :: Peru — the World Factbook - Central Intelligence Agency”. 2020年6月2日閲覧。
- ^ Liao, Wenhui; He, Qicai (2015). “Tenth World Conference of Overseas Chinese: Annual International Symposium on Regional Academic Activities Report (translated)”. The International Journal of Diasporic Chinese Studies 7 (2): 85–89.
-
^
“Archived copy”. 2019年9月23日時点の
オリジナルよりアーカイブ。2019年9月25日閲覧。 - ^ “”. 2013年10月18日時点のよりアーカイブ。2020年6月2日閲覧。
-
^ “僑委會全球資訊網”. 2011年1月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月2日閲覧。 - ^ [1]
- ^ [2]
- ^ a b [3]
-
^
華僑議員が尖閣諸島は日本領土と発言=香港メディア
サーチナ 2010/09/15 - ^ “華僑(読み)かきょう(英語表記)hua-qiao; Overseas Chinese”. 朝日新聞社. 2021年1月3日閲覧。
- ^ “華人”. 朝日新聞社. 2021年1月3日閲覧。
- ^ 太田尚樹 『日本人と中国人はなぜ水と油なのか』 KKベストセラーズ 2011年
- ^ 日中協力の近い、長崎で全日本華僑大会『福岡日日新聞』(昭和16年5月20日夕刊)『昭和ニュース辞典第7巻 昭和14年-昭和16年』p557 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
参考文献 [ 編集 ]
- 顔尚強「五つの誤解-日本社会の華人観」、『週刊東洋経済』第5282号、1995年5月
- 若林敬子『中国 人口超大国のゆくえ』(岩波書店、1994年6月、ISBN 4-00-430341-9)
- 可児弘明・斯波義信・游仲勲編『華僑・華人事典』(弘文堂、2002年6月、ISBN 4-335-55080-4)